“Imagination Without Borders” は画家の富山妙子丸木俊・位里、そしてエレノア・ルービンの作品を紹介するホームページです。この四人の芸術家はその作品で政治的問題を扱い、美術を通して社会的な不正義の所在を主張しています。四人共第二世界大戦に影響され、戦争が社会にもたらす悲劇を伝えています。

Shaman's Prayer | 巫女の祈り (1988)
Shaman’s Prayer | 巫女の祈り (1988)

このホームページは、2010年に出版された本 Imagination Without Borders: Feminist Artist Tomiyama Taeko and Social Responsibility の補助サイトとして作成されました。その本の序論がこのプロジェクトの出発点であり、個々のウェブページも本の内容に合わせて作成されました。 本では、四人の芸術家の作品についてより詳しく解説されていますが、このサイトでは富山妙子の活気ある色使いやより多くの作品を紹介しています。富山妙子はより多くの人に自分の絵を見てもらうためにDVD、スライドショー、そしてインターネットなど、様々なテクノロジーを利用して作品を展示しています。

Bloodred Plains Burned by the Fires of War | 戦火に焼けた血の色の大地 (2008)
Bloodred Plains Burned by the Fires of War | 戦火に焼けた血の色の大地 (2008)

このウェブサイトは2010年に制作されましたが、富山妙子とエレノア・ルービンはその後も新しい絵を描き続けています。2011年には日本の東北地方で地震、津波、そして福島原発事故という三重の災害が起こり、そのことは彼女たちの新しい作品作りに結果しました。このサイトには、それら新しい作品を含むページを加え、さらに日本語版のページも併記しました。

「太平洋戦争」と向き合う

終戦から70年以上経った今でも、日本は太平洋戦争という過去を克服していません。日本政府の戦争責任についての矛盾した発言とあいまいな行動により、日本人は旧植民地において、また戦時中に犯した過ちへの反省が足りない、と他の多くの国々から指摘されています。

しかし、自国の複雑な過去を問い直し、向き合おうとしている日本人も数多くいます。1921年に生まれた富山妙子もその一人です。彼女の絵は様々な道徳的そして感情的な問題を表現しているため、その作品の特徴を簡潔に要約するのはとても難しいです。しかし却って、このためにこそ富山妙子の作品はそれを視る者を魅惑するのでしょう。富山はこの25年間日本の植民地支配、アジアでの戦争、そして過去が残した爪痕についての作品を描き続けてきました。そして富山は長年日本政府に対して異議を唱えてきましたが、最終的に「国益」からは逃れられないという気持ちを抱えています。富山の「日本」、そして「世界の中の日本」の歴史は、視覚的に歴史認識という複雑な問題をも物語っています。彼女は自分と同世代の日本人が、なぜ他民族の強制労働、そういった女性たちへの性的暴力、そして人種差別を、丸ごと受け入れたのか、現在の日本人に問い掛けています。富山は一つの出来事の中で加害者が同時に被害者でもあることに大きく関心を持っています。富山は自身を被害者として考えているのではなく、国の政策に疑いなく協力 してしまったことを後悔しているのでしょう。

 

Black River Fish | 黒い河の魚 (c. 1975)
Black River Fish | 黒い河の魚 (c. 1975)

 

終戦まで無条件に受け入れていた態度を拒絶するには、鋭利な知性と情緒的な変化が必要です。富山は画家として成長すると共に、その考え方を変えました。そして、自身の考え方が明確になればなるほど、その作品の迫力も増していきました。富山の最も代表的な作品が65歳過ぎに現れたのは、そのことが大きな理由です。

国境を越えて

富山には日本だけではなく海外にも気質のあった仲間が多くいました。1950年代に国内では、原子爆弾投下直後の広島を描いた画家、そして夫婦でもある丸木位里と丸木俊と知りあいました。丸木夫妻の作品もこのサイトで拝見していただけます。

富山は、やはり様々なメデイアを駆使する、海外の芸術家たちとのふれあいに活力を得ました。彼女はロマン・ロランパブロ・ネルーダ、ミュリエル・ルカイザー、そして金芝河など、政治的活動をする作家や詩人たちから大きな影響を受けました。それらフランス、チリ、アメリカ、そして韓国の作家たちも、文学を通して自国や他国の政府に抗議してきたのです。

富山は1960年代にラテン・アメリカで一年間過ごし、そして中央アジア、東南アジア、台湾、アメリカ、そして旧ソ連を含むヨーロッパを旅しました。1990年代前半には、かつて少女として過ごし、日本によって支配されていた旧満州を訪れました。この経験も富山にとって大きな刺激となり、そこから豊かな作品を描くことができた。海外で出会った様々な労働組合、平和団体、社会運動団体も富山の創造力に磨きを掛け、富山は美術に拠って自らのナショナリズムから脱出することができたのです。

富山は国際情勢にも精通しています。彼女は1970年12月に、当時西ドイツの首相であったヴィリー・ブラントが、1943年に起きたワルシャワ・ゲットー蜂起跡地で跪いたことで謝罪を表したことを知りました。それは、富山が戦争責任について考え始める切っ掛けとなりました。そしてそのブラントのジェスチャーと精神とを美術で表すのに16年も掛かりました。反省の気持ちを美術的に表現するのが難しい証です。彼女は、そうやって時間をかけて描いた自分の作品を見る若者たちが、日本の過去について熟考することを望んでいます。

アメリカ人の水彩画家かつ版画家のエレノア・ルービンは、富山と同じく、不正義な戦争を遂行する政府に対する不信感というテーマの作品を描いています。二人の芸術家にはフェミニズムとの出会いという共通点もあり、それは私生活でも芸術家としてもとても重要な自らの思想の一部です。そのことから、二人は威嚇的な鳥など似たようなモチーフを作品に使うことがあります。

このホームページは本と同様に、それら芸術家たちの作品が生まれた歴史的そして人間的状況を探ります。彼女たちの作品同様に、このサイトは様々な使い方が楽しんでいただけると思います。当サイトはセーラ・マックヴィッカーとマリークレアー・スチュワート(ノースウェスタン大学デジタルメディアサービス部所属)によって制作され、2016年にはジョッシュ・ホンがコンテンツの追加と改良を行いました。

 

                                                2016年12月

ノースウェスタン大学

日本史教授

ローラ・ハイン