1960年代、富山妙子は新たな芸術のアイデアを求めアジアとラテン・アメリカの旅に出た 。富山はこの経験から、模倣的でもナショナリスティックでもなく、アジアの文化と芸術の伝統のなかに日本を位置づける彼女独自の「アジアの視覚言語」を創リ出すことになった。この新しい富山の人生は、1961年に一年かけて南米と南アフリカを周遊したことから始まった。当時の南米には日本の組合活動のためにブラックリストに載った無職の日本人炭鉱労働者もが移住していた。そこで富山は異国で過ごす彼らの生活の経験を描こうと考えた。アジア大陸の長い旅に加えてのこの経験がグローバルなアートの伝統および自身の芸術についての視野を広げるきっかけとなった。

これら「旧植民地への旅」が富山に痛感させたことがあった。キュービズムのようなヨーロッパに興った芸術運動はその過程でアフリカ美術を横領し、アフリカ人の主体性を奪い、白人だけのアートだとみなしたのだ、と。さらに、富山はラテン・アメリカの芸術形式がアフリカに感化された音楽もふくめ、西洋文化を活かしながらもそれとは異なる独自さももつことに感動した。

富山はこの旅により、日本を含む帝国主義の権力の恐ろしさを知る。帝国主義列強はその植民地から容赦なく搾取し、先住民の芸術表現の様式を見下したのだった。この洞察から導かれた点がふたつある。ひとつは、1930年代の日本人が政府に奨励されて広く思い込まされていたことで、戦争が近代の不純、西洋に汚染された生活を一掃して清めるであろうという暗黙の暴力、それに注意を向けたことである。文化刷新の約束は日本ファシズムの核心的な幻想であった。第二に、自身と西洋芸術の規範との関係性についての富山の不安を解消したことである。オリジナルな内容から離れ、随意の新たなやりかたで取り込める、さまざまな表現様式というものに富山は気づいた。

Black River Horse II | 黒い河の馬 II (1994)
Black River Horse II | 黒い河の馬 II (1994)

富山は1994年に契丹文化のイメージに触発され、「中央アジアの天と地」と題した新しいシリーズにおいて初めて「アジア視覚言語」を創りあげた。富山はアジア神話、古代芸術、道教の秘文字、古代中国星座やアジアの動植物誌から着想している。

富山は「天と地」のシルクスクリーンと油絵の作品に再び色を使うことになった。

富山は2009年 ユーラシアの空をテーマとし、鮮やかな空色を背景とする油絵シリーズを描き始める。

この シリーズは現在未完成である。

Heaven & Earth Eurasian Poppy | ユーラシアの空の下 (1994)
Heaven & Earth Eurasian Poppy | ユーラシアの空の下 (1994)
Heaven and Earth in Manchuria | 天と地-マンチュリアの大地に (ca. 1994)
Heaven and Earth in Manchuria | 天と地-マンチュリアの大地に (1994)
In the skies of Eurasia | ユーラシアの空のに (1994)
In the skies of Eurasia | ユーラシアの空に (1994)

富山は「天馳ける者・馬王堆による」を「中央アジアの天と地」シリーズの一部として見ているが、それよりはるかに複雑である。この作品は富山にとって20年振りの油絵であるばかりか、キャンバス上に多種多様な芸術的インスピレーションを高度な想像力を駆使し、自家薬籠中のものとして結びつけようとする最初の試みである。この絵画は彼女のフェミニズムの思想をはっきりと示す作品であり、富山が新たなアイデアに遭遇した瞬間を示している。

富山はこの作品を1970年代のはじめに馬王堆(中国湖南省)の古代の墓からでた非衣帛画(葬儀に用いた絹の旗)をかたどって制作した。ここでは現世から不老不死の霊界への旅立ちを示す旗の原画の色使いと想像力をかなりとどめる。旗の帛画の中央には竜にひかれる戦車に乗って天へ向かう伝説上の帝王伏羲が描かれている。伏羲は中華民族の始祖にして最初の統治者を意味し、不老不死をも示す。富山は初めてこの旗の画を目にした時「どうして戦車に乗った帝王なのか。出産する女性(伏羲と交わったとされる女神・創造神、女媧)の姿の方がはるかに重要なのに」と考え、帝王の代わりに、立ったまま助産婦が子をとりあげる、日本の伝統的なお産中の女性を描いた。

Those who fly in the sky | 天馳ける者・馬王堆による (1984)
Those who fly in the sky | 天馳ける者・馬王堆による (1984)

富山は日本やほかのアジアの地において象徴的な意味をもつ月の中の鳥や竜を用いる。しかしそこに彼女は独自なシンボルをはめこんで新たな意味をも重ねた。竜はわが子の地位上昇を願う現代の日本の「教育ママ」を表す。その一方で左下にはラディカルな批判教育学者パウロ・フレイレを配し、富山は戦後日本における教育の能力主義信仰とそれによる社会的野心の形成の歩みとを嘲笑っている。

画の右下の虎は旧約のイザヤ書がふまえられる。豹は子山羊とともに伏し、敵同士は和睦する。ただここではアフリカの豹ではなくアジアの虎である。一方、頭を手にのせて踊る人物は葬儀用旗と同じ古代中国の想像からきており、ほかのものは近代の強制労働者を表す。動物、人間、神がみなそれぞれの活動にいそしむなか、中央の人物が世界に新しい人間を生み出す。


See Laura Hein “Post-Colonial Conscience: Making Moral Sense of Japan’s Modern World” in Laura Hein and Rebecca Jennison, eds., Imagination Without Borders: Feminist Artist Tomiyama Taeko and Social Responsibility, Ann Arbor: Center for Japanese Studies, The University of Michigan, 2010.