富山妙子にとって、人を化かす象徴としての狐と、狐の嫁入りというイメージは強い意味を持っている。ゆえに彼女はその狐を次のシリーズ「きつね物語」でも使いつづけた。3枚の油絵と幾つかのコラージュで構成されるこのシリーズは、淡いピンクと黄橙色を主色に用いており、それがこの作品を「ハルビン」シリーズとは視覚的にかなり異なったものにしている。富山は狐のほか、戦時の日本国家から新たな意味を与えられていた桜の花や菊の花という日本文化や文学の古典的なシンボルをふんだんに用いている。

Illusion of Cherry Blossoms | 桜花幻影 (1998)
Illusion of Cherry Blossoms | 桜花幻影 (1998)
Illusion by Cherry Blossoms | 桜下幻視 (1998)
Illusion by Cherry Blossoms | 桜下幻視 (1998)

桜の花は咲いてもすぐに散ってしまうため、また、それが地面に落ちるさまがあまりに美しいとされたため、桜の花は戦死する兵士の命の儚さの象徴となった。実際、最後の飛行に出撃する特攻隊員たちは、桜の枝を振る女子生徒たちに見送られながら飛び立ったものだった。絵画『桜下幻視』は狐の結婚式(嫁入り)を主題にしているが、その作品の中央ののぼり旗には「八紘一宇」と書かれている。この戦中のスローガンは、日本がアジアを支配することは、天与の運命であるという当時の公式見解だった。

The Betrothed Families Meet #45 | きつね物語 45 (2000)
The Betrothed Families Meet #45 | きつね物語 45 (2000)
Chrysanthemums in Kabukicho | 歌舞伎町の菊 (2000)
Chrysanthemums in Kabukicho | 歌舞伎町の菊 (2000)

 

Cherry blossom and moon #21 | きつね物語 21 (2000)
Cherry blossom and moon #21 | きつね物語 21 (2000)

ここに描かれている黄金色の菊花紋は日本の皇室を表す紋章である。富山は魔法(狐)に取り憑かれるというテーマを描くことで、菊の花が当時持っていた意味を覆してみせた。富山の手によって菊の花は、戦時の日本国家がその国民と植民地支配下のアジアの犠牲者に対して示していた冷淡で無慈悲な態度の象徴と化している。別の絵画『菊花幻影』(ここでは一部のみ掲載)は、戦後日本社会の光景をも含んでいる。ここでは、今日的な状況と過去のそれとをあからさまにつなぎ合わせることで、「きつね」は今もなお私たちの間に存在しつづけていることを示唆している。(「富山妙子」リンク)。

「海の記憶」「ハルビン」シリーズと同様、「きつね物語」シリーズの油絵やコラージュも写真撮影され、スライド/DVD作品として一つにまとめられた。これにも作曲家の高橋悠治が音楽をつけている。(「きつね物語」リンク。シリーズ作品80点のうち7点が参照可能)。これらのスライドは、富山と写真家の小林宏道がいかに光線の当たり方に気を配ったのか、どのように油絵とコラージュを並べてみせたのか、また大きな作品の一部をどのようにして目立たせるようにしたのかを示している。そうした工夫の一つの例は、巨大な菊の花のあいだで執り行われている結納の儀を描いた作品にも見ることができる。

Skulls & Flag #64 | きつね物語64 (2000)
Skulls & Flag #64 | きつね物語64 (2000)
Coke and MacDonalds #30 | きつね物語 30| (2000)
Coke and MacDonalds #30 | きつね物語 30 | (2000)
Reddish Wedding Procession #8 | きつね物語 8 (2000)
Reddish Wedding Procession #8 | きつね物語 8 (2000)
Korean Conscripted Girls #51 | きつね物語 51 (2000)
Korean Conscripted Girls #51 | きつね物語 51 (2000)
Hair Belt Cloth #55 | きつね物語 55 (2000)
Hair Belt Cloth #55 | きつね物語 55 (2000)

See Laura Hein, “Post-Colonial Conscience: Making Moral Sense of Japan’s Modern World” and Carlo Forlivesi, “A Fox Story–The creative collaboration between Takahashi Yūji and Tomiyama Taeko” in Laura Hein and Rebecca Jennison, eds., Imagination Without Borders: Feminist Artist Tomiyama Taeko and Social Responsibility, Ann Arbor: Center for Japanese Studies, The University of Michigan, 2010.